わだむねのピリリ一言

世論でなく輿論を!(連載4/4)

―輿論形成の方法について―

 ここまで述べてきましたとおり、即時的、即興的な反応、判断は安定した輿論にはならないのです。現代社会とりわけ経済界では、「はやく、はやく」とせきたてることで効率や進歩の結果を時間と競争させて得ようとします。

 そうなると反射的に答えを出すところまで合理化しなければなりません。究極には人間をロボットにして無批判、無感情にして条件反射の人形にすることです。思考、途惑い、熟慮などは問題外となります。その影響が人材育成一教育にもあらわれています。社会全体がはやく結果をだすことを要求しています。

 人と人との会話、対面しての情報交換には時間がかかります。礼儀、作法も問われます。たとえば教えをうけるために先輩の家を訪ねる。車や電車などで移動するだけでも時間と多少の負担がかかります。途中でどう話すか、尋ねるかという方法も自分で反すうしたりします。

 そうすることで自分の考えや希望も客観視できるようになりますが年令、性別すべての環境が異なる人との接触が人間を磨くのです。

 速成栽培の野菜のように人間が生産されているのが現代の実相です。

 そこで実践するべきことが2つあります。その1つは私たち個人が、敢えて意識して手間をかけ、時間をかけて答えをだすこと、結果を出すことを実践することです。時間をかけることの利点は急かすことなく、急かされることなく自分の考えをまとめることが出きることです。刹那的、反射的な判断を改めることです。
2つめは、意志伝達の方法を人間本位にすること、すなわち葉書、手紙を書く、友人と面談して情報の授受をするといったことで早とちりの判断や感情にまかせた結論を避けることができます。はじめから集合、集団としての輿論があるわけではありません。あくまでも私、ある人の個人が出発点です。
輿論は(ヨロン)は気長にゆっくりと自分と周囲を見渡す心の余裕から生じます。
世論(セロン)は危険、ぐらいの考えや、見方をすることです。そして最後には自分一人でも世間にむかって軽々しい世論(セロン)ではなく安定した輿論(ヨロン)を造るという、個人として揺るがない信念を持ちつづけ世論と輿論の違いを説きつづけることです。理論や理屈は過去から現在までに書物や記録で出つくしています。氾濫する情報を受け渡すだけの現代人は、一旦、頭や心で受け止めて自分のものとしてから信念として発言することから始めなければなりません。私もあなたも実践者、行動者なりましょう。今日から。今から。

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