2012年12月14日掲載
トイレからの発想
―笹子トンネル事件から考える―
中央自動車道笹子トンネルの天井板崩落事件からいろいろ考えさせられます。9人が亡くなっています。 ボルトの不具合が相次いで他のトンネルからも見つかりました。 国の点検基準は20年間改定されていません。 補修が必要に応じてとられてきたのかが問題です。 すべての物事は最終、最後から遡って考えるべきです。造られたもの、生まれたものは必ず老朽し、死していきます。すなわち造りかえられねばならないのです。 人間は不便を便利にかえるために発明、開発してきました。人間の歴史は開発の歴史といってよいでしょう。原発もそうです。廃棄物が最大の問題です。トンネルは造れば一年、一年古くなり劣化していきます。 古くなり廃棄されるべき造作物をどう処理していくのかが一体として考えられていなければ、完全とはいえません。 つくるときは、便利を求めますが、それが日常化し一般化したときは、廃棄の方法、廃棄の時を同時に計画しておかなければなりません。しかし、それは目立たない地味なことだけに、誰もが注目しません。 しかし、これがこれから問われます。法律でも、制度でもそれをなくす時が問題です。 しかし、それを考えない計画や事業は不完全です。そこにあるもの、あったものをなくすこと、修理することを造った時に考えておくことこそ今回のトンネルの教訓です。東京はこれからその時代に入ります。
12月13日 記 |