2012年11月23日掲載
マニフェストか、公約か
―軽薄な政治の約束―
衆院選で自民党も社民党もマニフェストといわず公約と表現するとしています。 どこが違うのでしょうか。 日本語と英語の差ぐらいのものです。 公約というと陳腐で古めかしい。マニフェストというと現代的で民主主義の先輩国に並んだということで新しい。 こんな印象があったのでしょうか。 しばらく前から各党がマニフェストといいはじめました。自分たちの政党が政権を取ればあるいは多数になればこんなことをします、というそれにかける時間、目標をはっきり有権者に約束して投票してもらう旗印です。公約というと古めかしく、かつて守られたことのない信用されない代名詞でした。それを横文字にしただけです。 しかしこの縦を横にしただけの変化に有権者は惑わされて期待をして裏切られたと言っています。
―選挙がすべての根源―
人はだれでも好かれようと思います。選挙では嫌われたら票になりません。好かれるためには人の嫌がることは言えません。言ったら好かれません。ですから党も候補者も好かれることを言います。特に増税などはとても言えません。好きな人は誰もいないからです。 しかし、人に好かれることばかりで世間はすみません。どこかで嫌がることと好かれることの帳尻をあわせなければなりません。 好かれなければ投票されず、当選できないとすれば、その場しのぎの耳ざわりのよい約束(公約、マニフェスト)を言うのは政治家の性です。当選には落選が裏にあるのですから競争相手より好かれるためには、上手にたくみに現実との帳尻あわせを頭に入れつつ好かれようとするのです。
―過剰期待、過小期待もしない―
政治家が選挙という関門を通るために好かれようとする行動をとる人種と知れば、対策は一つです。選ぶ側の有権者が勉強して政治家、候補者、政党の上をいくことです。 この政治集団が好かれようとしてまとめた政策が約束(公約、マニフェスト)なのですから、その嘘、まやかしを見抜く眼力を持つ有権者になるのです。福祉はもっと手厚くします、税金はそのままです。ということで好かれることを続けてきて、誰も文句を言わない、被害者のない国の借金だけは膨らんできて今日になっています。借金を支払う当事者となった政権党になって初めて帳尻あわせの重大性に気がついてあわてるのです。 ふつう多額の借金のある家、会社が信用されないのと同じに、国も国際社会では信用をなくします。 総選挙が事実上はじまっていると言われている現在、好かれようとする政治集団の本性を見抜く時です。その学習の機会が来ました。大声で感情に訴える話、派手に振舞い本質から目をそらさせようとする誰もが考えつく好かれようとするための見え透いた技(わざ)を相手にしない日ごろの政治教育をつんでいく時です。
11月22日 記 |