わだむねのピリリ一言

2012年8月28日掲載

虚しいおしゃべり社会(2|3)

―露出がすべてではない言葉―

 世界でいちばん短い会話をご存知でしょうか。ある作家が出版社に出した手紙とその返事です。「?」という手紙に「!」が返事です。一文字ずつで内容が駆使されています。

 これにはなんの修飾語もないただの一文字で相方の意志が確実に伝わっています。

 「?」は「ああ、無情」という本が売れていますか、という作家から出版社への問いかけです。「!」は出版社から作家へ大変好評で売れています、という驚きの報告です。

 ここが文字で人に何かを伝えようとする時の、最小限度の表現の原点としなければなりません。あえていえば「 」という何もない空の表現があるかもしれません。そこまでつきつめて表現者としての文字書きが、いるとすれば本物でしょう。

 

 声に出すしゃべくりの表現も、一秒間に数多くの文句を話せるかという競馬実況アナウンサーのような、文句発生機をすべてとする今日の騒がしさは伝達の正しい話法ではありません。それは技であって温かみのない、冷めた空気のようなものにすぎません。一人よがりです。私が聞いたかぎりでは徳川夢声、女性では加賀美幸子などの話は、それを聞いた場面が寿ぎの結婚式であっても、たまたま告別の式であっても充分にその場に合った話となるはずです。不特定の人々に伝える立場の人間の吐き出す言葉は、受け取る側の環境にそぐわないものあってはならないのです。

 そんな心掛けで、いまのプロと称しているしゃべくり屋は仕事をしているのでしょうか。

 楊枝一本つくる生産行為をしているわけではありません。自分の家の前のゴミを掃除しているのでもありません。目に見えないしゃべくりでお金をもらえる仕事に恐れを持たずにいる、プロと称する人間のなんと多いことか。

 

 テレビをはじめとするメディアが真の話芸を壊してきています。奇抜で珍しければ取り上げて、それを強調して視聴率、購読数を稼ごうとする。ますます「?」や「!」から遠くなるしゃべくりになっていくのです。

 削ぎ落として幹だけになるまで、極める工夫がどう努力されているのか。

 歌手でテレビに出ない、という主義を貫いている人がいます。しゃべくりとは違いますが、松山千春、中島みゆきです。

 営業方針かもしれませんが、知られる機会があるテレビや週刊誌などを歯牙にもかけず自分の思想を自分なりに使って視聴者を操っている風があります。

 しゃべくりとは異なっても、露出を少なくして自分を安売りせずに、立場、地位を保っています。そして、それが価値となっているのです。

8月25日 記

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