2月3日記
私議員像 付けない、呼ばせない。
―議員バッジと「先生」―
北区議会議員20年、都議会議員10年のあいだバッジを付けず「先生」と呼ばせない、を私の生き方と実行してきました。
平成元年に「地方から政治風土を改革する会」を設立しました。地方議員や一般人など35名が集いました。 その時の申しあわせのひとつが「付けない、呼ばせない」でした。
議員バッジは象徴なのでしようか。むかし軍人がいまでも警察官、自衛官などが付けています。 あれはその世界の階級なのでしょう。そう思います。ですが議員には、議員同士にも有権者とのあいだにも階級などありはしません。みな平等です。まして有権者とはえらばれた代理人、代表者の関係です。
バッジで差をつけるとは見当違いです。
海外でも議員バッジをつけている国は珍しい。細川政権のときにいっときバッジ無着用を唱えたことがありましたが、消えました。あの時は旧来のバッジの意味を新しい発想でおおげさにいうと改良しようとしたのでしょう。一人でも非着用の国会議員がいてもおかしくないのに、議会の規則にあるからといって尻すぼみになってしまっています。
国民の不利益になるわけではないので、国会がその気になれば即決できるはずです。あとはやる気です。
議長在任中は着用しました。それも本会議の議長席にすわる時だけです。
日常の議会活動では着用しないできています。どういうわけか議員の写真、ポスターはバッジが影ったものがほとんどすべてなのはバッジの御威光、黄門様の印ろうのようにありがたがっている様子がうかがえます。
議員であるかどうかはバッジではなく、内面から湧きだしてくる品格、良識、ものごしではないでしょうか。
「先生」と聞けば、「先生と呼ばれるほどのバカじゃなし」という民間伝承が思い出されます。もとより学校の先生、弁護士、医師などは有権者に選ばれるわけではないので、自然な発露としてありうることでしょう。
しかし議員を「先生」と呼ぶのはかっての地位の格差社会があった当時の遺物です。むかしの話です。では和田はどんな呼ばれ方をしているなかといいますと、それは「和田さん」です。バッジは人が付けるべきだ、とは言いませんが、「先生」はこちらが呼ばないでください、といわないかぎり善意で「和田先生」と呼んできます。 そこで私から呼ばないでください、「和田さん」にしてくださいとお願いします。武道では外形から入って内面に至るという教えがあります。歩き方、武具の着用の仕方から入門して実技に入るのです。
バッジも「先生」も付けず、呼ばせないことを民主社会の平等さのあらわれとして広げていきたいものです。 まずバッジと「先生」に拘って40年。私のまわりには差別、格差を是正しようとする人々が多くいます。小さなことが意外と大きなことを規定するといえます。
小さなことができずに地方議会、国会を動かせるかということと、権威、権力のあり方、示し方から議員や議会の質が透けてみえるものです。
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