わだむねのピリリ一言

2012年9月4日掲載

虚しいおしゃべり社会(3|3)

―しゃべるほど虚しくなる不思議―

 いまテレビも新聞もインターネットをはじめ情報というかおしゃべりが氾濫しています。

 関西の芸能プロダクションが関東に進出してきて、にぎやかなことです。

 視聴率や購読数、発行部数、アクセス数が物をいう時代です。

 そのために興味本位、本能本位になり、人間の品性を汚す方向に流れていきます。「悪貨が良貨を駆逐する」です。

 番組中、何の仕切りもなく、大声で怒鳴りあう番組、声高に挑発する司会者の番組、どれだけ食べられるか競う番組など人間の真善美を高めることにつながりますか。

 震災被害の復興に協力する人々がいて、片方はこんな人々がいる。いや、一人で双方を持ち合わせている人もます。

 

 携帯電話に象徴される情報化社会になって、世の中、世間が平穏になったのでしょうか。

 振り込め詐欺、自殺、ホームレス、孤独死など便利になった、情報化社会のツケだとはいわないまでも関係を疑う必要はあるでしょう。

 電気洗濯機が出て、母親や女性がどれほど労働から解放されたかわかりません。

 しかし、いまのスマホによってどれほど幸福になったのか。他の家を訪ねて依頼することを省略して電話。図書館に行って調べるよりもインターネット。こうして余った時間は何に使われているのでしょう。教養など社会奉仕などにも使われているでしょうが、その割に世の中から悲しい事件が減りません。

 

 空しく音の振動だけが伝わり、記憶にとどめざるを得ない言葉はとんと聞かなくなりました。おしゃべりをする自己表現をすること、しなければ損という時代。意志を自己表現を抑えることの大切さ、沈黙に気づかずに大声で吼えあう動物社会。

 教室で私語が消えない学校もあたり前です。

 

 先頃、避難訓練などの指示のことばに命令調を入れるような自治体が増えたと聞きます。

 いわゆるマニュアルで「至急高いところへ避難してください。」の依頼型から、「至急高いところへ避難(する)」という風に。

 ことの重大性、緊急性こそことばに表されるべきことです。

 こうして伝達(おしゃべり)にも減り張りがついて、内容が加わるのです。

 各テレビもラジオも1日1時間、放送しない、新聞も一面を白くして記事を載せない、このような試みもあっていいと思います。

 全時間、全紙面を埋めようとするから、記事にしなくてもいい、国、社会、人間に関わらないことでも報じられます。

 おしゃべりも、お祭りも大声で多弁な時が過ぎれば、虚しいのです。この虚しい理由を考えれば、終わった後の充実感はどこから来るかわかります。

9月1日 記

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