わだむねのピリリ一言

2012年8月16日掲載

8月15日に思う
「私は貝になりたい」批判

 8月15日のテレビで映画「私は貝になりたい」を見ました。

 私が初めてこの話を見たのはフランキー堺さん主演、橋本忍さん脚本によるものです。

 「絞首刑」になる前に理不尽な戦争とその処分についての被害者を敗戦した国民の立場からの批判です。勝った者が、全能の立場で人間を支配する過去からのあり方を問う、戦後日本の希有な作品として私は高く評価しています。しかし、今回テレビで見たのは人気のあるタレント、俳優を使って視聴率だけを稼ごうという臭いがプンプンとするもので感激もない駄作でした。それを考えますと、まず人気出演者があって視聴率が稼げるという下心のある作品であるだけに、心を打たず時間の浪費になったと思うのです。

 戦争を本当に考え、学ぶときに真に迫った「演技」ができる人にだけ演じて欲しいのです。

 演者がニセ者ですと、作品そのものもニセになります。フランキー堺さんの姿(決して演技ではない)を知った人間はニセ者を出されても納得できません。

 戦争と文化活動である映画やテレビで見ても、本物を残すように、私たちや視聴者が選択を厳しくしていくべきです。

 戦争を批判するために、人気俳優を使って作っても、型だけでは歴史の冒涜といってよいでしょう。死を軽く見てはいけません。合掌

8月16日 記

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